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テンプレート:出典の明記 テンプレート:Infobox Musician マドンナMadonna 本名:Madonna Louise Veronica Ciccone(マドンナ・ルイーズ・ヴェロニカ・チッコーネ)、1958年8月16日-)は、アメリカ合衆国ミシガン州出身のシンガーソングライター女優映画監督文筆家実業家。身長164cm。

愛称は代表曲から来た「マテリアル・ガール(Material Girl)」、近年では「ポップスの女王」とも言われる。

2010年現在、シングルとアルバムのトータル・セールスは、女性ソロアーティスト最多の3億枚を突破[1]クイーンレッド・ツェッペリンと肩を並べる数値である。2008年には、ロックの殿堂入りを果たした。

人物 編集

80年代初頭のニューヨークのダンスクラブ・シーンに登場し、1984年の大ヒット曲ライク・ア・ヴァージン」を機にポピュラー音楽チャートで成功を収め、その大胆かつ挑発的なイメージで一躍世界的なメガスターになる。アルバムの代表作に『トゥルー・ブルー』『ライク・ア・プレイヤー』『レイ・オブ・ライト』などがあり、シングルの代表作に「ホリディ」「クレージー・フォー・ユー」「ヴォーグ」「ミュージック」「ハング・アップ」など多数がある。

MTVの登場により人気を得たミュージック・ビデオを巧みに活用しながらポップアートと音楽を融合し、日本では「マドンナ旋風」[2] とも呼ばれた現象的な成功を収める。セックス・シンボルとして不動の位置を固めるが、その後多様なイメージの変遷を繰り返し現在に至る。彼女の活動は音楽にだけに止まらず、レコード会社の設立、映画や舞台への出演、そして近年では児童書の執筆や映画監督なども行っている。2000年の『ギネスブック』では「史上最も成功した女性アーテイスト」とも記録された[3]

来歴 編集

1958年8月16日、母の実家のあるアメリカ合衆国ミシガン州ベイシティ(Bay City)マーシー病院で、8人兄妹の3番目に出生。1987年ごろまで1961年生まれということにしていたが、1989年発売のCD『ライク・ア・プレイヤー』のライナーには1958年生まれとはっきり記載があるため、この頃までに元に戻したと思われる。ちなみに同い年で知られるプリンスマイケル・ジャクソンも同じく61年生まれと3才偽っていた時期がありこの点でも共通している。

父はイタリア系アメリカ人1世のシルビオ・チッコーネ、母はフランス系カナダ人のマドンナ・ルイーズ・チッコーネ。幼少期を、同州ポンティアック市(Pontiac)で過ごし、後に家族が増えたため、同州ローチェスターヒル市(Rochester Hills)へ転居した。

父は、GMのデザインエンジニア。実母は、マドンナが5歳の時乳癌で逝去し、父はほどなく再婚した。母の死や後の父・継母との確執は彼女の精神性に大きな影響を及ぼし、「Promise To Try」「Oh Father」などの楽曲で歌われている。弟や妹の面倒もよく見ていた。そんな中でも、多くの習い事を幼い頃からしており、最初はピアノを習っていたが、父親に「バレエを習いたい」と懇願し、変えてもらう。その後、モダンダンスやジャズダンスなど、ダンスを多く習い始める。

1977年、35ドルを手にグレイハウンドの長距離バスで郷里を後にニューヨークへ出発した。ニューヨーク到着後、タクシーの運転手に「この街で一番大きな場所へ行って!」と言い、タイムズスクウェアで降りたマドンナはゆっくり天を仰ぎ「私はこの世界で神よりも有名になる」と誓った。なお、ベジタリアンとなったのも、ニューヨーク移住後である。

1978年 ニューヨークで、『パトリック・エルナンデス・レビュー』にダンサーとして出演。他にも数々の職に就く。この頃出演していた成人映画が有名になってからビデオで発売された。

1985年8月16日に俳優のショーン・ペンと結婚したが、1989年に離婚。

2000年8月11日、第二子のロッコ・リッチー出産。イギリス人映画監督ガイ・リッチーとの間に出来た長男でマドンナは2児の母となる。12月22日スコットランドのドーノック大聖堂にてリッチーと結婚。

2008年10月15日にマドンナの広報リズ・ローゼンバーグがリッチーとの離婚を正式に発表した。

2010年11月29日フィットネスクラブ・チェーン店の「ハード・キャンディ・フィットネス」第1号店をメキシコ市にオープンした。店は市の高級地区に、3階建て計3000平方メートルでオープンし、マドンナのアルバムから取って「ハード・キャンディー・フィットネス」と名付けられた店は、マドンナさんの理想とするフィットネスクラブを実現するもので、最新式の心血管系コンディショニング装置を備え、ヨガやブラジルの格闘技的舞踊のカポエイラなども取り入れた革新的なトレーニング方法を用いる。メキシコ店に続いて、アルゼンチン、ブラジル、ロシアのほか、まだ特定はされていないが欧州、アジアの国にも店舗を拡大していく予定という。

歌手活動の経歴 編集

詳細はマドンナの歌手活動の歴史を参照

映画 編集

以上がマドンナが主演してきた映画である。最悪の映画を選ぶゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)の常連でもある。最悪主演女優賞は 『上海サプライズ』 『フーズ・ザット・ガール』 『ボディ』 『2番目に幸せなこと/ネクスト・ベスト・シング』 『スウェプト・アウェイ』 の5回 (『スウェプト・アウェイ』 は最悪スクリーンカップル賞も)、これに最悪助演女優賞の 『フォー・ルームス』 『007 ダイ・アナザー・デイ』、2000年の特別賞としての20世紀最悪主演女優賞とあわせて9回の受賞歴がある。その一方で得意の歌唱力を生かした『エビータ』のエバ・ペロン役では、ゴールデングローブ賞の女優賞を獲得するなど、真っ当な評価を受けている。 初監督作品「ワンダーラスト」2009年1月、日本公開。

ディスコグラフィ 編集

詳細はマドンナのディスコグラフィを参照

売上記録 編集

全世界でのトータルセールスはおよそ3億枚。

シングルセールス・ベスト10 編集

  1. ハング・アップ(2005):870万枚
  2. ミュージック(2000):760万枚
  3. ヴォーグ(1990):600万枚
  4. アメリカン・パイ(2000):590万枚
  5. ソーリー(2006):540万枚
  6. ドント・テル・ミー(2000):500万枚
  7. ライク・ア・プレイヤー(1989):440万枚
  8. ライク・ア・ヴァージン(1984):400万枚
  9. ジャスティファイ・マイ・ラヴ(1990)、マイ・プレイグラウンド(1992):310万枚
  10. フローズン(1998)、ホワット・イット・フィールズ・ライク・フォー・ア・ガール(2001):300万枚

全米1位獲得アルバム 編集

全英1位獲得アルバム 編集

日本国内での1位獲得アルバム 編集

オリコン集計によるもの。

全米1位獲得シングル 編集

全英1位獲得シングル 編集

『Hot Dance Music/Club Play』No.1獲得曲 編集

米ビルボードにあるチャート・カテゴリーの一つがこの『Hot Dance Music/Club Play』。ダンスソング向けに作られたチャートで、1974年10月26日よりスタートした。マドンナは、これまでに計40曲をチャートNo.1に輝かせている。これは、アーティストの中では第1位の記録である。

日本ゴールドディスク大賞 編集

1986年(第1回)編集

1989年(第4回)編集

1990年(第5回)編集

1992年(第7回)編集

2008年(第23回)編集

実績として、アルバム「ハード・キャンディー」が31万4595枚。配信が1,005,523DLだった。

グラミー賞編集

マドンナは、過去に数多くの音楽賞を受賞またはノミネートされてきたが、グラミー賞は少ない。ここでは、受賞したものだけ取り上げる。

1992編集

  • Best Music Video,Long Form (Blond Ambition Tour)

1999編集

2000編集

  • Best Song Written for a Motion Picture (Beautiful Stranger)

2001編集

  • Best Recording Package (Music)

2007編集

アカデミー賞編集

1991編集

  • Best Original Song "Sooner or Later"

1997編集

  • Best Original Song "You Must Love Me"

ワールド・ツアー編集

マドンナのワールド・ツアーが開催される度に、世界各国のメディアが報じる。アルバム発売後にツアーを行なうことがほとんどで、2001年の「Drowned World Tour」は、1993年の「The Girie Show Tour」から8年後に行われた。1994年にリリースされたアルバム『Bedtime Stories ベッドタイム・ストーリーズ』の後にもツアーが予定されていたが、映画『エビータ』の主演が決定したために中止されたという。2004年の「The Re-Invention Tour」では、10枚目のアルバム『American Life アメリカン・ライフ』からの楽曲のほかに、過去の楽曲も組み込まれた

毎回、巨大セットにも注目が集まる。代表的なものとしては、1990年の『Blond Ambition Tour』のオープニングで登場した工場をモデルにしたセット、2006年の『Confessions Tour』での2億円をかけたミラーボールと高さ6メートルの十字架などがある。

  • 1985年「The Virgin Tour」(4月10日~6月11日 全40公演)
    • (アメリカ/カナダ)
  • 1987年「Who's That Girl Tour」(6月14日~9月6日 全41公演)
    • (日本/アメリカ/カナダ/イギリス/ドイツ/オランダ/フランス/イタリア)
    • 日本では同じ年にツアーを行ったマイケル・ジャクソンと合わせ「M・M旋風」と呼ばれた。
  • 1990年「Blond Ambition Tour」(4月13日~8月5日 全57公演)
    • (日本/アメリカ/カナダ/スウェーデン/フランス/イタリア/ドイツ/イギリス/オランダ/スペイン)
  • 1993年「The Girlie Show Tour」(9月25日~12月19日 全39公演)
    • (イギリス/フランス/イスラエル/トルコ/カナダ/アメリカ/プエルトリコ/アルゼンチン/ブラジル/メキシコ/オーストラリア/日本)
  • 2001年「Drowned World Tour」(6月9日~9月15日 全47公演)
    • (スペイン/イタリア/ドイツ/フランス/イギリス/アメリカ)
  • 2004年「The Re-Invention Tour」(5月24日~9月14日 全56公演)
    • (アメリカ/カナダ/イギリス/アイルランド/フランス/オランダ/ポルトガル)
  • 2006年「Confessions Tour」(5月21日~9月21日 全60公演)
    • (アメリカ/カナダ/イギリス/イタリア/ドイツ/デンマーク/フランス/オランダ/チェコ/ロシア/日本)
  • 2008年「Sticky & Sweet Tour

特徴 編集

ギター 編集

『Drowned World Tour』から、マドンナはダンスのほかにギターを使用したステージも披露している。

★エレクトリック・ギター

★アコースティック・ギター

コラボ 編集

2001年『Drowned World Tour』を機に、大型スクリーンが使用されており、マドンナはゲストと豪華競演を果たしている。

マイク・マイヤーズ 2001年『Drowned World Tour』の『Beatiful Stranger』の冒頭で一瞬だけ共演。マドンナとマイク・マイヤーズは同曲のPVでも共演を果たしている。

ミッシー・エリオット 2004年『Re-Invention Tour』の『Into The Groove』で登場。マドンナとミッシーがモデルとなったGAPがきっかけにコラボが実現。ラップ部分でスクリーンに登場している。

日本公演 編集

テンプレート:国際化

  • 1987年「Who's That Girl Tour」
    • 6月14(ツアー初日公演)・15日、大阪球場
    • 6月21・22日、後楽園球場
    • 東京公演初日6月20日の後楽園球場は雨天により中止となった。
  • 1990年「Blond Ambition Tour」
    • 4月13(ツアー初日公演)~15日千葉マリンスタジアム(杮落とし)、4月20~22日 阪急西宮球場、4月25~27日 横浜スタジアム
  • 1993年「The Girlie Show」
    • 12月7~9日、福岡ドーム
    • 12月13・14・16・17・19日(ツアー最終公演)、東京ドーム
  • 2005年 『Confessions On A Dance Floor』プロモーションライブ
    • 12月7日、新木場STUDIO COAST
  • 2006年「Confessions Tour

書籍 編集

  • SEX by MADONNA

1992年に発売されたヌード写真集。日本ではヘアが未修正だったことが問題となり増刷されなかった。テンプレート:要出典

  • マドンナ語録 (ブルース・インターアクションズ、2006年)

絵本編集

映像作品 編集

プロモーション・ビデオ 編集

  • The Immaculate Collection/ベスト・ヒット・コレクション
  • The Video Collection/ベスト・ヒット・コレクション 93-99

ツアー 編集

  • Ciao Italia/チャオ・イタリア-ライヴ・フロム・イタリー
  • The Girlie Show-Live Down Under/ザ・ガーリーショウ~from オーストラリア
  • Drowned World Tour 2001/ライヴ・イン・デトロイト 2001*The
  • Confessions Tour/ザ・コンフェッションズ・ツアー(DVD+CD)
  • Sticky & Sweet Tour/スティッキー&スウィート・ツアー(DVD+CD)

アルバムのキャッチコピー 編集

チャリティ・ライヴ出演歴 編集

1985年 Live Aid編集

  • Hoiday
  • Into The Groove
  • Love Makes The World Go Round

マドンナは、アメリカのフィラデルフィアにあるJFKスタジアムからの出演となった。「Love Makes The World Go Round」はこのライヴ・エイドのために制作された楽曲で、後に3rdアルバム『トゥルー・ブルー』に収録された。

2005年 Tsunami Aid:A Concert of Hope編集

  • Imagine

2004年12月下旬にスマトラ島沖地震により発生した津波で被害を受けた被災地を救うために放送された番組にマドンナはロンドンのスタジオから出演。前年に行なった自身のツアーでも披露した「Imagine」を歌唱。

2005年 Live8編集

  • Like A Prayer
  • Ray Of Light
  • Music

ライヴ・エイドの第2弾ともいうべき最大のチャリティ・ライヴ。マドンナはロンドンのハイド・パークから出演。聖歌隊やダンサーを従え、自身の代表曲を歌唱した。「Like A Prayer ライク・ア・プレイヤー」では飢餓によって危険な状態だったとこから奇跡的に助かった女の子が登場し、マドンナと手をつないで歌った。

2007年 Live Earth編集

地球温暖化の問題を訴えかけるために開催されたLive Earthにマドンナはロンドンのウェンブリー・スタジアムから出演。「Hey You」は、このライヴのために制作されたチャリティソングで、ダウンロードのみでの公開となった。マドンナは、ニューヨークのバンドEugene Hutzと「La Isla Bonita」でコラボ。「Lela Pala Tute」という曲をミックスさせたアレンジで披露した。

2010年 Hope For Haiti Now編集

  • Like A Prayer

ハイチ大地震の救済のために放送されたチャリティ番組で、マドンナは聖歌隊をバックにアコースティックヴァージョンを披露した。

資産・金銭 編集

2008年1月、米経済誌フォーブス誌電子版が「2007年6月まで1年間で最も収入の多かった女性シンガー」のランキングを発表し、収入が7200万ドル(日本円で約76億円)で1位にランクインした[4]

2009年4月、経済誌フォーブス誌が2008年度の「働き者のママ」のランキングを発表し、マドンナは2008年の推定収入が1億1,000万ドル(日本円で約110億円)で1位にランクインした。この収入はアルバム「ハードキャンディ」の売り上げとコンサートツアー、広告出演料などによるものである[5][6]

2009年10月、サン紙によると23歳のボーフレンドのジェズス・ルスに不動産を買い与えるため物件を探しているという。不動産の条件は、ニューヨークのマドンナの豪邸から徒歩でいけることと、予算の170万ポンド(日本円で約2億5000万円)以内の物件であることらしく全額をマドンナが負担する[7]

2009年11月、カートゥーン・ネットワークが「未来のイギリスのトップセレブ」のランキングを発表し、マドンナとガイ・リッチーの息子のロッコ・リッチーがスター性、推定相続額、才能、カメラ好き度の4つのカテゴリーすべてで満点を獲得し、1位にランクインした。このランキングはセレブの子どもたちの20年後の総資産額を推定して作られたものでロッコが30歳になったときの総資産額は推定3億7600万ポンド(約560億円)になる。セレブ専門家のマーク・フリスは「ロッコは母親から巨額を相続し、父親からもかなりの額を相続します。しかし、彼が1位に輝いたのは他の3つのカテゴリーでのランキングによるものです」と語っている[8]

2009年12月、BANG Media Internationalによると、ニューヨーク州のハンプトン近郊に広さ30エーカー(約36000坪)のワイルド・オーシャン・ファーム・ランチという馬の牧場をカルバン・クラインの元妻ケリーから600万ポンド(日本円で約8億3000万円)で購入した。ワイルド・オーシャン・ファームは現在、品評会用の馬を訓練するために使われており、今後も馬用施設として営業することを条件にマドンナは購入を許された。ある関係者は「彼女は牧場が自分のものになったことを大喜びしています」と語っている[9]

2009年12月、英デイリー・ミラー紙によると、ルイ・ヴィトンの2009年春夏コレクションに続き、秋冬コレクションの広告モデルを務めたマドンナは契約を更新されず、ルイ・ヴィトンは若いモデルを使うことを発表した。ルイ・ヴィトンがマドンナに支払った広告用のギャラは985万ドル(日本円で約8億8650万円)と言われている。ルイ・ヴィトンがマドンナの契約を更新しなかったのはモデルを若くするだけでなく、不景気を乗り切る作戦でもあるといわれている[10]

2010年12月、経済誌フォーブス誌が「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」を発表し、5,800万ドル(日本円で約47億5,600万円)を稼いで15位にランクインした[11]

2011年2月、Closerマガジンによると、恋人のブラヒム・ザイバットとベルリンにあるソーホーホテルに宿泊した際に1万5,000ユーロ(日本円で約165万円)を支払って、部屋の改装を要求したという。ホテルの関係者の話ではマドンナは「誰かが以前に使用した部屋には泊りたくない!」というのが持論らしく、新しいベッド、新しい照明器具、壁の塗り替えなど部屋の大改装を事前に要求していたという[12]

寄付 編集

2009年4月、デイリー・メール紙の電子版によると、イタリア中部で起きた地震の被災者に50万ドル(日本円で約5,000万円)を寄付した。マドンナの父はイタリア系で地震が直撃したアブルッツォ地方の出身であり、インタビューで「わたしの祖先の街に喜んで援助の手を差し伸べるわ」と語っている。[13]

2009年11月、ブラジルに滞在中にリッチなビジネスマンや政治家と会っていたマドンナが、ブラジルで総資産額75億ドル(約6,750億円)で最もリッチな男と言われているエイク・バチスタから700万ドル(約6億3000万円)を寄付してもらうことになり、ブラジルに新しい子ども用のチャリティーを創設することになったという。年下の恋人ジェズスの両親に会いにいくための旅行とも報じられていたが、「今回のブラジル行きは資金集めと人道支援以外の目的はありません」とマドンナはコメントしている。[14]

2010年1月、ザ・デイリー・ビーストのホームページが「2009年度に最も寄付金を集めたアーティスト」のランキングを発表し、マドンナはレイジング・マラウイ基金のために550万1,835ドル(約5億円)を集めて2位にランクインした。[15]

お騒がせ事件集 編集

ライヴエイドにて編集

1985年、アメリカで行われた20世紀最大のチャリティーコンサートであるライヴエイドに出演した際、マドンナは司会者のベット・ミドラーから皮肉たっぷりの嫌味交じりな紹介でステージに上がった。コンサート終了後、ミドラーに非難の声が集中したが、ミドラーがマドンナに対して嫌味を言ったのは舞台裏でマドンナがスーパースターを気取った言動を連発し、他の出演者からひんしゅくを買っていたことが原因だと後に明らかとなった。

大胆な十字架パフォーマンス 編集

2006年の「Confessions Tour」の中で、マドンナは高さ6メートルの巨大十字架に自ら磔(はりつけ)となり往年の大ヒット曲『Live To Tell』を歌う演出が世界中の宗教団体から非難を浴びた。ヨーロッパ・ツアーの一環としてイタリア・ローマ公演の際、公演前からカトリック教会やイスラム教やユダヤ教指導者からの非難の声が続出。「無礼で悪趣味、かつ挑発的」、「神への冒涜に近い」とカトリック聖職者らは非難。更には、「国に帰ったほうがいい」とイスラム教やユダヤ教の指導者からも非難の声が出ている。 そんな中、8月6日のローマ公演での十字架パフォーマンスが非難を浴びる中で強行された。マドンナは、ローマ教皇ベネディクト16世を招待し、怒りを刺激。カトリック教会の中心地であるバチカン市国からわずか1.6キロ離れたスタディオ・オリンピコに来た約7万人の観客は十字架に磔になったマドンナが登場すると一瞬、静まり返ったという。

アフターパーティー 編集

2006年9月20日(水曜)東京ドーム公演終了後「都内某クラブにてマドンナがアフターパーティーを行う」とうたった情報がmixi上で流された。「早めの入場でないと入れない場合がある」といった煽りもあり、オープンと同時に多数のファンが詰め掛けた。しかしながらマドンナ本人は現れなかった(公演終了後ホテルに戻り食事をとっていた)。マドンナの娘ローデス、クルー、バックダンサーは来場していた。

落馬事故 編集

2005年8月16日、イギリス・ロンドン郊外に所有する18億円の邸宅の庭で、47歳の誕生日プレゼントとして、夫のガイ・リッチーから贈られた馬に試し乗りをしていたところ落馬をし、全治3ヶ月の大怪我を負った。診断の結果、肋骨3本にひびが入り、鎖骨と手を骨折していたことが判明。すぐに病院に搬送されたが入院はせず、なんとその日に治療を済ませて帰宅したという。医師は「マドンナさんは日ごろからヨガで鍛錬しているため、回復も早いだろう」と語っていた。マドンナは骨折をしているにもかかわらず、事故の3日後にはロンドン市内のカバラ・センターから出てくるのを目撃されたり、携帯メーカーのモトローラのCMの撮影も済ませるなど、超人並みなところを見せている。アルバム『Confessions On A Dance Floor』のプロモーションにも支障は出なく、全世界でのメディアはマドンナの驚異的な回復に驚いた。

因みに、病院で撮影されたレントゲン写真8枚は、2006年「Confessions Tour」で「ライク・ア・ヴァージン」を歌っている際に、演出としてスクリーンに映し出された[16]


兄は、家無き人 編集

2011年10月25日に「マドンナの兄は、一年半前からホームレスの状態にある」と話題に成っている。 - AFP_NEWS

人間関係編集

記録編集

  • 全英シングルチャートNo.1獲得数(女性ソロアーティスト歴代1位):13作
  • 全米シングルチャートTOP10獲得数(アーティスト歴代1位):37曲
  • ポップ・ミュージック史上アルバムNo.1最多獲得国数:40ヶ国(Confessions On A Dance Floor/2005年)
  • ポップ・ミュージック史上シングルNo.1最多獲得国数:43ヶ国(Hung Up/2005年)
  • 全米アルバムチャートNo.1獲得数(女性ソロアーティスト歴代2位):7作
  • ソロ歌手の1位インターバル最長記録:17年11ヶ月
  • 3年代連続1位(1989:Like A Prayer,1990:I'm Breathless,2008:Hard Candy)
  • ツアー興行収入最高記録:4億800万ドル (Sticky & Sweet Tour/2008年~2009年)
  • 全米シングルチャートで最高位が1位から10位迄の楽曲を保持する、希有な記録もある。

外部リンク編集

テンプレート:Commons

公式サイト編集

ウェブ・ディレクトリ編集

参考文献・出典 編集

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